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大阪高等裁判所 昭和45年(ツ)2号 判決 1972年1月21日

上告人

土屋修

代理人

久保寺誠夫

被上告人

古川清美

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

事実

上告代理人は原判決の破棄を求めた。

上告理由は別紙のとおりである。

上告理由について、

原判決によると、原審は、「上告人がその主張の建物の敷地として占有している係争土地(上告人主張のブロック塀の西側の土地)上に、被上告人所有建物の庇の一部が張り出している」との当事者間に争いのない事実、および「右張り出し部分は、被上告人が右建物の軒下として事実上支配していた部分であり、前記プロツク塀は、その後に上告人が設けたものである」との上告人において自白したものとみなされた事実から、被上告人の従来占有していた部分に、上告人が右ブロック塀を設けて新たな占有関係を生じさせたのであるから、被上告人所有建物の庇が上告人のブロック塀を踰えて上告人方に張り出していることをもつて、上告人の係争土地に対する占有を妨害したとすることはできない旨を判示して、上告人の請求を棄却したことが明らかである。ところが、上告人の係争土地に対する占有開始時期についての上告人の主張は、やや明確を欠くうらみがないではないが、少くとも、ブロック塀の設置により初めて占有を取得したとするものでないことは、弁論の全趣旨からも容易に汲みとることができ上告人の主張するところは、要するに、上告人は、係争土地を彦根市伊賀町一五番及び一四番の三の一部として昭和三一年二月七日に訴外林五男より買受け、直ちに右二筆の地上に木造瓦葺二階建の診療所兼居宅を新築し、同年一二月二七日にはその所有権保存登記を経由し、右建物の敷地として右二筆の土地を占有してきたものであつて、右ブロック塀は、後日境界線より一〇センチ控えて設置したもので、これによつて上告人が本訴の請求原因として主張する占有部分を右ブロック塀の西側の部分に限ることにしたというにあるものと認められる。(上告代理人の訴状、昭和四一年一一月一九日付、昭和四三年四月一七日付各準備書面参照)。従つて、原審が、上告人の右主張に留意することなく、右ブロック塀が被上告人の建物取得後に設置されたとの事実から、直ちに、被上告人が従来占有していた部分につき、上告人がブロック塀の設置により新たな占有関係を取得するに至つたものと即断したことには、論旨主張のとおり、上告人が右ブロック塀設置前で、かつ被上告人の右建物取得よりもさらに以前から、係争土地を占有していたとの上告人の右主張事実について、直接これに即した判断を示さなかつた違法があるものというほかはない。

しかしながら、占有保持の訴は、占有者が、従前継続していた自己の占有を、占有侵奪以外の方法により、新たに妨害せられた場合に、その妨害の停止を求めるもの(しかもその妨害が工事によるときは工事着手の時より一年以内、かつその竣成前という出訴期間内に訴を提起することを要する)であつて、占有者が、自己の占有の取得に際して、目的物に対する完全な占有の取得を妨げるような他の者の事実的支配が存在するときには、そのような事実的支配の附着した目的物の占有を取得できるにすぎないのであるから、事実的支配関係に法的保護を与えようとする占有制度の趣旨に鑑みても、右のような占有者は、右完全な占有の取得を妨げるような事実的支配を、自己の取得した占有に対する妨害であるとして、占有保持の訴によつてその停止を求めることはできないものと解すべく、この点に関するこれと同趣旨の原判決の見解は是認できるところ、記録によると、上告人は、被上告人の妨害開始時期について、上告人主張の一五番及び一四番の三の土地の東側に隣接する一四番の土地並びにその地上の被上告人所有建物もまた、一五番及び一四番の三の土地と同様に、もと訴外林五男が所有していたもので、同人が一五番及び一四番の三の二筆の土地を上告人に売渡した当時から、右建物の庇の一部が右二筆の土地上に張り出しており、同人は右張り出し部分を一年以内に切り取ることを上告人に約しながらこれを履行せず、その後一四番の土地と右建物を被上告人に売り渡し、その結果被上告人が、右建物の所有により、係争土地のうち庇の張り出し部分の占有を妨害することとなつた旨を主張し、(上告代理人の昭和四一年一一月一九日付準備書面)、このうち、一五番、一四番の三、一四番の各土地と右建物がもと訴外林五男の所有であつたこと、および一五番、一四番の三の土地を上告人が買い受けたのちに、被上告人が一四番の土地と右建物を買い受けたことは、上告人においても争わない事実、すなわち当事者間に争いのない事実なのである。すると、かりに上告人がその主張のとおりの時期に、主張の範囲の係争土地の占有を開始していたものとしても、右建物の庇は、上告人の係争土地に対する占有開始の時よりも以前から、係争土地の上にすでに張り出していたのであり、上告人はそのような事実的支配関係にある係争土地の占有を訴外林五男から取得していたにすぎず、従つて、そもそも右占有開始の時においても、同人に対してすら、占有保持の訴によつては、庇の張り出し部分の撤去を求めうる地位になかつたものというべく、他方、被上告人は、右建物の買い受けにより、右庇の張り出し部分を含め右建物の占有を右林から承継したものにほかならず、この間に、上告人が右庇による妨害状態のない係争土地の占有を取得する余地もないのであるから、被上告人の右建物の占有の取得をもつて、上告人が従来継続していた係争土地に対する占有を新たに妨害したものとすることはできないのであつて、上告人の請求は、この点において、請求自体(しかも当事者間に争いのない事実により)失当として棄却を免れなかつたものといわねばならない。

それゆえ、原判決が、上告人は妨害状態の発生後に係争土地に対する占有関係を発生させたにすぎないとして、上告人の請求を棄却したことは、結論において相当であり、上告人の占有開始時期に関する原判決の前示違法は、結局において判決の結論に影響を及ぼすに足りなかつたものというべく、上告は理由がないことに帰する。

よつて、本件上告はこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第四〇一条、第九五条、第八九条に則り、主文のとおり判決する。

(宮川種一郎 林繁 平田浩)

上告理由<省略>

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